茅原悠紀(かやはら・ゆうき)のプロフィールをチェック
| 名前 | 茅原悠紀(かやはら・ゆうき) |
|---|---|
| 登録番号 | 4418 |
| 生年月日 | 1987年7月11日 |
| 身長 | 171cm |
| 体重 | 55kg |
| 血液型 | A型 |
| 支部 | 岡山 |
| 出身地 | 岡山県 |
| 登録期 | 99期 |
| 級別 | A1級 |
茅原悠紀は岡山支部のレーサーで、ボートレース界ではトップクラスに位置する実力者。
ターン力と勝負強さに定評があり、人間離れしたパフォーマンスから「宇宙人」と呼ばれることもあるほど。
「ウィリー・モンキーターン」という、旋回時にボートの先端を大きく浮かせ、接水面積を最小限にして回る異次元ターンが代名詞になっています。
99期生の茅原悠紀と同期の選手はこちらです。
- 坂元浩仁
- 乙津康志
- 大滝明日香
- 下出卓矢
- 水摩敦
G1・G2の両方で優勝している下出卓矢や、養成所リーグ勝率1位だった水摩敦、女性レーサーの中でも屈指のスピードと旋回技術を持っている大滝明日香など、99期生は層が厚いことでも知られています。
コンサドーレ札幌のパートナーアスリートを務めている茅原悠紀
実は茅原悠紀は「コンサドーレ札幌のパートナーアスリート」を務めていることはご存じでしたか?
茅原悠紀は2017年4月16日にコンサドーレ札幌のパートナーアスリートに就任しました。
パートナーアスリートとは相互の価値を高めるために、イベントの共同開催や情報発信などを通じて、両社のPR活動を行うもの。
きっかけはコンサドーレの選手たちと一緒に参加したイベントでした。
集まったお客さんはみんなコンサドーレのファンで、茅原悠紀やボートレースのことは知らない人ばかり。
お客さんに向けてグッズを用意していたコンサドーレの選手たちを見て茅原悠紀も準備をした方がいいかと思い、運営側に尋ねると「お客さんはボートのことは知らないと思うので…」と言われ、断られてしまいます。
そこから茅原悠紀がある行動に出たことを語っています。
何とか(コンサドーレの)サポーターの気持ちをゲットしないといけないと思ったんで
個人でオフィシャルのショップに行って、全身コンサドーレにしていったんですよ。
色んなものを自腹で買って登場して。
コンサドーレの選手からはプレゼントが2品だったんです、お客さん80人に対して。
(茅原悠紀が)ちょっと待ってくださいって言って、
これもあります、これもって自分が身に着けていたものをコンサドーレの選手に
サインしてもらってプレゼントどうですかってなったんです。
そしたらすごく盛り上がって、サポーターの人も喜んでくれて。
そしたら(コンサドーレの)広報の人が「君、面白いね~」って。
他のスポーツに敬意を払い、お客さんたちの心に寄り添った茅原悠紀の姿勢が、たくさんの人たちを喜ばせた素敵なエピソードです。
きっかけは幼少期に父親に連れられて行ったボートレース場
そもそも茅原悠紀がボートレースに興味を持ったのはいつ頃だったのでしょうか。
幼少期、茅原悠紀は父親に連れられてボートレース児島を訪れていました。
そこで興味をもって…とはいかず、当時はレースよりもキッズコーナーのテレビゲームに夢中だった茅原悠紀。
ですが茅原悠紀が中学2年生のころ、ボートレースへの興味がわいてきたようです。
ボートレーサーを目指すきっかけとなったのは植木通彦。
1997年のSG第24回笹川賞競走で優勝した植木通彦の華麗なモンキーターンに感動して自分もボートレーサーになることを決めたのです。
そんな茅原悠紀をボートレーサーに導いた植木通彦は引退し、現在は財団法人BOATRACE振興会ボートレースアンバサダーを務めています。
一大決心!ボートレーサーになるため高校を中退した茅原悠紀
中学2年生でボートレーサーになると決めた茅原悠紀。
岡山県岡山工業高等学校へエンジンやプロペラ調整を学ぶために進学しました。
高校に進学をしたもののボートレースへの思いが強くなり、茅原悠紀は高校を中退します。
茅原悠紀は15歳になるとすぐに養成所への入試を受けましたが、4回の受験に失敗をしてしまいます。
5回目の受験で倍率40倍もの難関試験を突破し、茅原悠紀のボートレーサーの道が始まったのです。
茅原悠紀のデビューから現在までの経歴まとめ
養成所に入るまでは苦労もあった茅原悠紀ですが、無事に養成所に入所します。
茅原悠紀のプロへの道が始まるわけですが、いったいどんな道のりを歩んでいったのでしょうか。
ここからは茅原悠紀の経歴を深掘りしていきます。
茅原悠紀の経歴(養成所編)
5回目のチャレンジで養成所に合格できた茅原悠紀。
当時からなんと賞金王決定戦に出場することを目標にしていました。
茅原悠紀の中ではデビューすることは当たり前で、その先のことを見据えていたのでしょう。
養成所時代の茅原悠紀の成績はこちらです。
- リーグ勝率:7.03
- 優出:5回
- 優勝:1回
勝率7.03で99期生の中で2位という好成績を残しています。
さらに3連対率は30.14%で、30%以上は茅原悠紀ただ一人でした。
デビュー前にすでに優秀だったことがうかがえます。
茅原悠紀の経歴(プロ編)
茅原悠紀の水神祭を表にまとめました。
| 年月日 | 会場 | グレード | 開催名 | 内容 |
|---|---|---|---|---|
| 2006年11月11日 | 児島 | 一般 | 第4回競艇マクール杯 | 初出走 |
| 2006年11月14日 | 児島 | 一般 | 第4回競艇マクール杯 | 初勝利 |
| 2007年8月9日 | 浜名湖 | 一般 | テレしずサマーカップ | 初優出 |
| 2008年10月27日 | 児島 | G1 | G1競艇キングカップ開設56周年記念 | G1初出走 |
| 2009年12月17日 | 宮島 | 一般 | 第16回日本財団会長杯 | 初優勝 |
| 2010年9月5日 | 児島 | G1 | G1競艇キングカップ開設58周年記念 | G1初勝利 |
| 2011年11月8日 | 下関 | G1 | 開設57周年記念G1競艇王決定戦 | G1初優出 |
| 2012年5月22日 | 浜名湖 | SG | SG第39回笹川賞競走 | SG初出走 |
| 2012年5月26日 | 浜名湖 | SG | SG第39回笹川賞競走 | SG初勝利 |
| 2012年9月30日 | 徳山 | G1 | 共同通信社杯第27回G1新鋭王座決定戦 | G1初優勝 |
| 2013年12月23日 | 住之江 | SG | SG第28回賞金王決定戦競走【シリーズ】 | SG初優出 |
| 2014年5月30日 | 福岡 | SG | SG第41回ボートレースオールスター(笹川賞) | 500勝達成 |
| 2014年12月23日 | 平和島 | SG | 第29回グランプリ(賞金王決定戦)/グランプリS | SG初優勝 |
| 2021年3月27日 | 福岡 | SG | 第56回ボートレースクラシック | 1000勝達成 |
| 2023年5月5日 | 児島 | 一般 | 第39回鷲羽杯 | 50優勝達成 |
茅原悠紀のデビューは2006年11月11日の児島での「第4回競艇マクール杯」でした。
初勝利はそこから3日後に決めており、早々に勝利を掴んでいます。
さらにわずか3期でB級を脱出し、2010年後期から現在に至るまではA1級を維持しています。
B2に落ちても初優勝を成し遂げた茅原悠紀
初優勝以降も着実に勝利を重ねていった茅原悠紀。
ですが優勝への焦りがあったのか、失格の連発、痛恨のフライング、事故率オーバーによるB2陥落と負の連鎖に見舞われていました。
そこから脱出したポイントは2009年12月17日、宮島での「第16回日本財団会長杯」でした。
優勝戦までは好走を見せており、予選をオール3連対、準優もコンマ11のイン逃げで優出。
迎えた優勝戦ではトップスタートを切り、そのまま1位を守り抜いたまま1着!
デビューから約3年で悲願の初優勝を成し遂げたのです。
そこからの快進撃は言わずもがなではありますが、2021年3月には1000勝達成、さらに2023年5月には50優勝達成と記録を伸ばしていっています。
SG初優勝は2014年12月ボートレース平和島
現在はSG出場常連となっている茅原悠紀ですが、その記念すべき初優勝は2014年12月23日の平和島開催「SG第29回グランプリ(賞金王決定戦)」です。
賞金王決定戦は茅原悠紀が養成所時代から持ち続けていた目標でした。
優勝戦では最も不利な6コースからのスタートでしたが、1ターンマークでは鋭い差しで先頭に躍り出ます。
その後1番手を守り抜き、そのままSG初優勝となったのです。
2026年3月14度目のG1制覇した茅原悠紀
2026年3月の尼崎で開催された「G1センプルカップ」
茅原悠紀が優勝をし、14度目のG1制覇となりました。
これは2025年9月の平和島「トーキョー・ベイ・カップ」以来です。
茅原悠紀はレースを振り返り、こんなコメントをしています。
まくり差せたのはタイミングですかね。
伸びは本当に良くて、自信がありました。
えぐるようなターンをしたかった。
天才的なコーナーワークを駆使して瞬時に勝負を決めた、見事な優勝でした。
賞金ランキングの常連でもある茅原悠紀のこれまでの獲得賞金額
輝かしいまでの実績を残してきている茅原悠紀。
そんな実績がダイレクトに表れてくるのは獲得賞金です。
茅原悠紀の確認できる範囲の年代から現在までの賞金額を表にまとめました。
| 年代別 | 獲得賞金額 |
|---|---|
| 2014年 | 162,380,000円 |
| 2015年 | 71,580,000円 |
| 2016年 | 54,892,000円 |
| 2017年 | 83,394,000円 |
| 2018年 | 64,075,000円 |
| 2019年 | 67,119,000円 |
| 2020年 | 74,874,200円 |
| 2021年 | 62,074,000円 |
| 2022年 | 60,344,266円 |
| 2023年 | 156,534,000円 |
| 2024年 | 146,108,333円 |
| 2025年 | 191,303,366円 |
| 2026年 | 33,994,000円 |
2025年の最終順位は2位、これは自己最高クラスの成績でした。
すでに1億円越えをしているのは高実績をたたき出しているトップレーサーの証ともいえるでしょう。
SG初優勝の帰り道に購入をしたランボルギーニ
2014年12月の平和島でSG初優勝をした茅原悠紀。
その帰り道にランボルギーニを購入したというのは有名な話です。
高級車やスポーツカー好きでもある茅原悠紀。
実はSGの前に「グランプリに勝ったらランボルギーニを買う」という公約をしていました。
当時発売のボートレース専門誌「BOATBoy」の表紙にもなっており、6号艇の緑色のユニフォームを着て優勝したことになぞらえて、緑色のランボルギーニを選んだそうです。
自分のモチベーションのための購入かと思われましたが、茅原悠紀は理由としてこのように語っています。
(自分が子供の時に)先輩たちが車に乗っていてかっこいいなってずっと思っていたんで。
優勝した人は注目されるじゃないですが、その次に注目するのはその人が何をするか。
これからボートレーサーになろうって思っている子たちにもっと頑張ろうって
思ってもらえるようにわかりやすくランボルギーニを買って
「あんなことできるんだ、あの年齢でも」って。
この業界的にも夢があるじゃないですか。
茅原悠紀には、これからボートレーサーを目指す人たちへ夢を与えたいという思いがありました。
自分自身がそうであったからこそ、それを体現していけるのはトップレーサーとしての姿勢が感じられますね。
茅原悠紀に師匠や弟子はいるのか?いるならどんな人物なのか?
ボートレース界では任意ですが「師弟関係」と呼ばれる先輩後輩の関係性があります。
若手は養成所では知識と技術を学びますが、実際プロとしての技術や精神的な指針などは特定の先輩について学んでいくのです。
では茅原悠紀にも師匠、弟子がいるのでしょうか?
調査をしていくと、特定の師匠は存在しておらず、弟子はいるようです。
特定の師匠は持たなかった茅原悠紀
茅原悠紀は特定の師匠という存在は特にいないことがわかりました。
ですが新人時代の時「イーグル会」というペラグループに所属をしていており、特に岡山支部の先輩である川崎智之の調整したペラで2009年の初優勝をしたという話があり、明言はされていないけれども師匠的な存在だったのではと思われます。
推測の域を超えませんが、イーグル会での経験が茅原悠紀を成長させていったことは間違いないでしょう。
茅原悠紀の弟子は引退した坂本雅佳(さかもと・まさよし)
次に調査したのは茅原悠紀の弟子の存在。
調べると2022年12月に引退をした坂本雅佳でした。
| 名前 | 坂本雅佳(さかもと・まさよし) |
|---|---|
| 登録番号 | 5001 |
| 生年月日 | 1995年3月5日 |
| 身長 | 167cm |
| 体重 | 63kg |
| 支部 | 岡山 |
| 出身地 | 岡山県 |
| 登録期 | 121期 |
| 級別 | B1 |
現役生活は約5年間で、フレッシュルーキーに選出された2022年に引退をしました。
岡山支部からスター候補に推薦をされており、「これから」というときの引退だったこともあり、
周りからの驚きの声は否めませんでした。
進退については自身のツイッター(現X)でコメントしています。
報告させてください。
12月12日でボートレーサーを引退しました。
どうしてもやりたいことがあり、そこに向かうにはこの決断が自分にとっては
最良だと判断しました。
こんな下手くそな僕を少しでも応援してくださった方々、本っ当にありがとうございました。
ボートレースは今もこれからも大好きです!!
引退後は学生時代の夢を追う、ということで新たな夢に向かっていったようです。
茅原悠紀は結婚している!嫁や子供は?プライベートに迫る!
トップレーサーとして活躍し、端正な顔立ちをしている茅原悠紀。
結婚しているのか?プライベートの生活も華やかそうなど、想像を膨らませているファンも多いはず。
そんな茅原悠紀のプライベートを深掘りし、紹介をしていきます。
嫁から許可済みだったランボルギーニ
茅原悠紀はすでに結婚をしています。
相手は顔や名前を公表されていないため、一般人であると思われます。
結婚していることがわかったきっかけはあの「ランボルギーニ」
2014年賞金王決定戦を制覇し、ランボルギーニを優勝賞金で購入の際、インタビューで「奥さんに購入の許可を取った」と話したことで、嫁の存在を知ることとなりました。
実は茅原悠紀本人は積極的にプライベートを公開していないため、詳細なことはわかりませんが、約1億円するランボルギーニ購入の相談ができて、それを許可できる関係性であるとわかると、ファンの間では「夫婦の信頼関係が厚い」「理解がある奥様」と言われています。
子供についても公表はされておらず、存在も不明ですが、家族を守るという茅原悠紀の徹底された姿勢が伺えます。
インスタから見えるアウトドア派な一面
茅原悠紀はインスタグラムをしています。
アカウント名は「@kp.4418」です。
そんな茅原悠紀のインスタから多趣味である様子がうかがえます。
相当なアウトドア派のようで「キャンプ・ドライブ・登山・釣り・ダイビング」などを仲間たちと楽しんでいる様子が惜しげもなく投稿されています。
レースで激しいレースを繰り広げながらも、プライベートでも活発なのは驚きです。
茅原悠紀のタフさ、アクティブさが感じられますね。
まとめ:トップレーサー茅原悠紀!プライベートもレースも全力で駆け抜けていく!
今回はボートレース界でトップレーサーの位置を確立していく茅原悠紀を紹介しました。
高校中退をしてボートレーサーを目指し、5度目の挑戦で養成所受験に合格。
そして養成所時代からその強さを発揮していった茅原悠紀。
順調なスタートを切ったと思われましたが、一時はB2まで落ち込んだこともありました。
しかし初優勝とともに流れを大きく変え、そこからは結果を残していくこととなります。
現在はSG・G1では欠かせない選手となり、持ち前の勝負強さと異次元のターン力でこれからもファンを大いに楽しませてくれます。
快進撃の止まらない茅原悠紀をこれからも応援していきましょう!